現代のベーム式フルートは、洋銀、銀、金、プラチナ、木で作られています。他にもセラミックやチタン、真鍮、樹脂などがありますが、それらは実験的なものであり、一般フルート愛好家が常用するフルートの材質ではありません。ここではフルートの材料として、それぞれの素材がどのような特徴を持っているかをご紹介します。
さらにメッキについてもご説明いたします。
金属の希少価値と楽器の価値
普及品のフルートはほとんどが洋銀で作られています。フルートの価格が高くなるに従って、リッププレート銀製 → 頭部管銀製 → 管体銀製というように、銀で作られている部分が多くなってきます。
演奏用(これをハンドメイドという呼び方で区別することが多い)の高級品は総銀、金・プラチナといった貴金属を材料にして作られます。重要なポイントは高価な金やプラチナの楽器の方が、銀製のフルートよりグレードが高いわけではないということです。フルートとしてのグレードは製造上の質で決まります。材料の希少価値と楽器の価値が比例するのではありません。
「高い楽器ほど良い楽器だ」と言う楽器屋は嘘つきです。・・・しかし、銀より金のフルートが合うお客様がいることは事実です。
洋銀・(洋白・ニッケルシルバー・ジャーマンシルバー)
洋銀のプロフィール
昔から真鍮と並んで管楽器の材料としてはとてもポピュラーな金属です。洋銀といっても銀は全く含まれておらず、銅と亜鉛、ニッケルの合金です。フルートでは価格が安いことから、もっぱら普及品の材料に使われています。弱点は酸に弱いため、通常は銀メッキを施します。
洋銀製フルートの特徴
洋銀は華やかによく響き、吹奏感が軽く、レスポンスも早い優れた材質です。比重の大きい貴金属製のフルートに比べると息の抵抗感が少ないので、いつも良く鳴っている=ダイナミクスの幅が小さいという傾向があります。洋銀製フルートは、安い材料で作られたフルートだから良い音がしないということはありません。有名な話ですが、巨匠マルセル・モイーズは生涯洋銀のフルートを使っていました。鳴らしやすく重量も軽いので、初心者には総銀製より適しているでしょう。洋銀製フルートは材質上傷みやすく長持ちしませんので、使い倒して上達し、総銀製や金製などに買い換えることをお勧めします。
銀・シルバー・SILVER・Ag
銀のプロフィール
金属中、最も光の反射率が高いため白く輝き、熱・音・電気が最も良く伝わる素材です。硫黄分と反応して表面に黒っぽい硫化銀を作り変色します。硫化は手から出る空気中の硫黄分と反応しますので、演奏後にいくら手入れをしても変色を防ぐことはできません。変色はオーバーホールをするときに磨きあげれば新品状態になります。(実は新品の製造中にすでに変色しているのですが、仕上げで磨きあげているのでピカピカなのです)
また、この硫化銀は銀よりやや硬いので、黒変した銀のフルートはピカピカの物よりレスポンスが良くなります。変色はあまり気にしない方が賢明です。
銀製フルートの特徴
銀は他の金属に比べて柔らかな音色を持ち、音色の変化をつけやすい材質です。明るく柔らかで音の立ち上がりも丸みを帯びた感じがします。ネガティブな表現では音切れがやや悪いとも言えます。吹奏感と重量は中庸で、フォルテもピアノもコントロールしやすいですが、フォルテ側の余裕は、金やプラチナほどはありません。
銀の純度
純銀は柔らかすぎるため、他の金属を僅かに混ぜて硬度を高くします。一般的にはスターリング・シルバーと呼ばれる銀の純度92.5%のものを使いますが、最近ではブリタニア・シルバー(純度95%)やさらに銀の比率を高めた素材を使用したフルートもあります。また、国産の古い楽器は純度90%で作られています。銀の比率が違うと格段に音が違うような宣伝をしているメーカーがありますが、実際はゴールドの純度と違って、その差は数パーセントに過ぎませんから、頭部管のカットの違いで吹き飛んでしまう程度の差しかありません。
アメリカ銀・ドイツ銀・日本銀・・・???
銀に数パーセント混ぜる金属を何にするかは素材メーカーや国によって違います。日本では(ほとんどのメーカーが田中貴金属から購入している)銅割の銀が一般的ですが、アルミやニッケルを混ぜた銀もあります。この違いは純度以上に音色に影響し、変色の出方も違います。ただ、どれが優れているというわけではありません。また、ほとんどのメーカーで秘密にしています。(ある程度知っていますが)
銀のバリエーション
初代のパウエルが“銀のスプーンと銀時計などを溶かして最初の銀製フルートを作った”という逸話のせいか、古い銀食器を溶かした材料とか、長年ねかせた銀だとか色々言っているメーカーがあります。純度や割金、不純物が違うので僅かな差が出るかもしれませんが、そのすべてが必ずフルートにとって良い方向に作用するとは言いきれないと思います。これは購入者の心へ振りかけるスパイスのようなものでしょう。あなたは、もし「エジプト王の黄金マスクの金を僅かに含んだフルートなので、「魔笛」の“試練のソロ”にぴったりの音がする」というコピーがあったら信じますか?
巻き管とシームレスパイプ
19世紀には継ぎ目のないシームレスパイプを製作する技術がなかったので、当時の金属フルートは板を丸めてロー付けし、芯金に巻いて叩き(鍛造)、巻き管パイプを作っていました。20世紀に入ってシームレスパイプを製作する技術が確立したときは、均一な素材なので、音響的に圧倒的によいとされました。ところが現代では、一部のメーカーの懐古的な機種で、シームレスパイプより遥かに手間のかかる巻き管によるフルートを製作しています。他が同条件の場合、巻き管の方が少しだけレスポンスが良いような気もしますが、あくまで趣味的なこだわりの範囲です。現代フルートの99.99%以上はシームレスパイプのフルートです。
変色しない銀
まだほとんどのメーカーが使用していない銀ですが、アルゼンチウム・スターリング・シルバーという銀があります。この銀は変色しないし、硬度が通常のスターリング・シルバーより高いらしい。非常に興味のある素材ですので、国内メーカーの試作を期待しています。詳しくはこの素材のホームページをご覧ください。
ARGENTIUM STERLING SILVER
金・ゴールド・GOLD・Au
フルートの素材としての金は、銀と違って金の純度が大きく違います。ご存じと思いますが、純度99.99パーセント以上の金が24金ですので、14金は14÷24=約58パーセントの純度となります。このため一口に金と言っても素材的には全く違いますので、分けてその特徴を探ってみます。
K5、K7、K9、K10など
9金を中心としたこのグループは金のフルートでも比較的価格が手ごろなので、“この素材の特徴を良く理解した人”と“どうしても金色のフルートが欲しい人”の両方から支持されている素材です。金に何を混ぜるかで色が大きく変わります。主に銅を混ぜると赤っぽい金色で、音色は柔らかくなり、銀を中心に混ぜると黄色い色になり、音はシャープになります。
金のフルートといっても、14金以上の金のフルートの性格とはかなり違います。
これらの素材の良いところは、非常に軽いフルートが作れて、演奏に負担が少なく、立ち上がりの良い輝かしい音が簡単に出せます。楽だといっても洋銀と違って音そのものには密度とパワーがありますので、大きなホールでの演奏でもOKです。銀に比べてシャープな音が遠くまで響いてくれます。
熟年以降で上質なフルートを楽しみたい方、楽に華やかな音で吹きたい方、パワーに自信のない方、さらには、もう一歩で試験に合格しそうな方や、ちょっと見栄を張りたい方にお勧めです。
K14、14金
14金のフルートは金の特徴をはっきり示してくれます。密度とパワーを感じさせる音色を持ち、フォルテ側のキャパシティーが豊かなので、強い息をしっかり受け止め朗々と響いてくれます。音の立ち上がりはシャープで、タンギングがザクザク切れる充実感のある吹奏感を得ることができます。一方で金の音色感が強く、銀のような音色の変化と柔らかさは苦手です。また、重量も銀製より重くなりますので、技術と息のパワーがしっかりしていて、体力もある程度必要です。
ハイ・アマチュアやプロといった本格派奏者にお勧めの材質です。
K18、18金
18金になると14金の音にさらに深みが加わり、重厚な音楽表現がよりいっそう可能になります。14金のメリットはそのままに、より気品のあるパワフルな音になりますが、レスポンスは抵抗感が強くなり、息のパワーが必要です。
重量もさらに重くなりますので、アマチュアが楽しみのために吹く楽器としては少々手強いでしょう。プロの方でも必要性を感じられ、体力・技術を持った方がふさわしいと思います。
K24、24金
24金は純金ですが、本来の24金では柔らかすぎて楽器にはふさわしくありません。そのためほんの少量のチタンなどの混ぜ物をして硬度を出しています。24金は他の金と違って黄色、いわゆる黄金色をしています。
音は独特の深遠な響きを持ち、他の楽器に決して負けない重量感とパワーがあります。しっかりコントロールした息なら、強いスタッカートでも音が崩れることがありません。しかし、音色の変化はさらに難しくなりますので、プロの中でもトップ・フルーティスト、世界レベルの奏者でないと使いこなすのは難しいのかもしれません。
プラチナ
貴金属の王様、プラチナのフルートは独特の世界があります。おそらく最初のプラチナ製フルートはアメリカのW.キンケイドのためにパウエルが作ったフルートでしょう。この楽器のためにエドガー・ヴァレーズが比重21.5という曲を書いたのはあまりに有名な話です。でも、どうやらこの曲の初演はプラチナ製フルートでは行われなかったようです。
最も希少価値の高い金属であるプラチナが、はたして、フルートの材質としても価値が高いのかは疑問です。銀より冷たい黒っぽい銀色で、とにかく重く、音色は暗くて単調です。世界的な奏者ゴールウェイやシュルツが一時期この材質のフルートを使っていましたが、金に戻っています。筆者はミヤザワとムラマツのゴールウェイ本人が使っていたプラチナ製フルートなどなどを吹いたことがありますが、重くてパワーが必要な割にはピンとこない音でした。
よほどパワーが有り余っている大男か、体を鍛えたい方、プラチナを持っているというステータスを誇示したい人向きの材質ではないか、と密かに思っています。
木製フルート
最近少しずつ増えてきた木管フルートですが、ほとんどがピッコロやクラリネットと同じグラナディラを使用しています。木管フルートには大きく分けて管の厚みが厚いドイツタイプと薄いアメリカタイプとあります。ドイツタイプは木管らしくこもった古風な音で、鳴らすのにコツが必要です。パウエルに代表されるアメリカタイプは、楽に吹くことができて音色もやや軽め、金属管と違和感のない吹き方ができます。
木管フルート共通の特徴は、金属管に比べて倍音が極端に少なく、ポー・ピーという感じの音色をしています。音量は当然金属管には及ばず、音色の変化も控えめです。
バロック音楽の演奏のためにベーム式の木管フルートを使用するのはお勧めできません。今売られているベーム式木管フルートは、ほとんどが円筒管ボディのフルートであり、トラヴェルソのような優しい息で軽く立ち上がる円錐管ボディのレスポンスとは全く違います。そのため、トラベルソで使うヒストリカルなタンギングが使えず、バロック特有のアーティキュレーションや表現は再現できません。本格的にバロック音楽を研究・演奏されたい方は、やはりフラウト・トラヴェルソに挑戦してください。
木管ベーム式フルートの流行は20世紀後半の音量追求主義のフルート進化に疲れ、もう一度フルートの持つ癒しの音色を求める風潮に合致した結果だと思います。このフルートはセカンド楽器として購入されることをお勧めいたします。
メッキについて
メッキの種類
フルートに使われるメッキ(鍍金、英語ではプレート)はニッケルクロム・メッキ、銀メッキ、金メッキ、プラチナメッキがあります。洋銀製普及モデルのほとんどは銀メッキが施されています。ハンドメイドクラスには材料そのままで磨きあげたものと、メッキしたものがあります。銀に銀メッキをかけるといった同じ素材のメッキを施したものもあります。
普及品はなぜメッキをするか
普及品に行う銀メッキは音のためではなく、主に見た目の美しさのために行います。
第一の理由は普及クラスの製作では、コスト優先のためにできるだけ人的作業を省略する必要があります。高級フルートのハンダ付けは熟練職人が僅かのはみ出しもなく丁寧に行います。また、どうしてもはみ出してハンダ痕がついた場合は、丁寧に削り取り磨きあげます。しかし、普及モデルではそこまでの手間はかけられません。多少のハンダ痕があっても上からメッキしてしまえば見えなくなります。
第二の理由は、
洋銀は酸に非常に弱く、手の汗に含まれる酸で徐々に溶けていきます。洋銀地肌そのままだとすぐに曇ってザラザラになってしまうので、それを防ぐために銀メッキをします。さらに最低モデルの場合、コストを落とすために銀メッキではなく譜面台に使うニッケル(クロム)メッキをかけます。銀の白い輝きに比べるとニッケルメッキはやや暗い輝きです。銀は滑りにくいので楽器が安定しますが、ニッケルはつるつるしていて特に汗をかくと滑ります。
普及品のメッキはいたみやすい
普及品の銀メッキはコストを抑える理由もあり、下地処理を簡略化した上、非常に薄くメッキされています。そのため時間がたつとプツプツと泡だったようになり、そこからメッキが剥がれザラザラにさびてきます。これは塩分を含んだ汗の中を微弱な電流が流れ、メッキの下の洋銀を腐食させる“電蝕”によって発生します。ですから演奏後に磨いても防ぐことができません。どのくらい時間がたつと荒れてくるかは、奏者の汗の質により一定ではありません。
ハンドメイドフルートへのメッキの全般傾向
全般的に言えることですが、外側を別の金属で覆うわけですのでどうしても倍音に影響があります。管体素材の特性を素直に出したクセのない音は、やはりメッキ無しの楽器に軍配が上がります。ハンドメイドのメッキの場合は音に影響がありますので慎重にしてください。
総銀製ハンドメイドにかける銀メッキ
総銀製ハンドメイドのフルートには、メッキ無し磨き仕上げのものと、銀メッキをかけたものとあります。最高級品のメーカーは工作作業も丁寧でハンダ痕も作らないように工作しますので、磨き仕上げだけが一般的です。しかし銀の性質上、硫化の変色が早く進むので、変色防止の銀メッキを採用しているメーカーもあります。
メッキのない総銀製フルートは、全体が同一素材ですので倍音構成が均一なため、銀らしい整った素直な音色になります。銀メッキをかけると、わずかではありますが、高次倍音の一部が強調され輝きのある音になります。
総銀製ハンドメイドの銀メッキは、普及モデルの銀メッキと違い、下地処理も丁寧にされ、メッキとメッキの下の金属が同素材ですので、普及モデルのようなひどい電蝕は発生しません。ですからいつまでも綺麗です。通常の使用における摩耗も考える必要はないでしょう。しかし、変色を完全に防止はできませんので、遅かれ早かれ硫化銀の色にはなってきます。さらにリペアマンの視点では、オーバーホール時にバフをかけるとメッキ部分が削れるおそれがあるため、場合によっては、かえってメッキ無しのフルートより綺麗にできないこともあります。
総銀製ハンドメイドにかける金メッキ・プラチナメッキ
このメッキは美観ではなく音に変化をつけるために行うことが一般的です。金メッキをかけると、やや渋めでしっかりとした吹奏感を得ることができます。プラチナメッキをかけると音色はやや暗く単調になりますが、強い息に対してもギブアップしないパワフルなフルートになります。
通常使用における摩耗は考えるほどではないでしょう。変色もありませんから、銀+銀メッキの場合のようにオーバーホール時に不利なこともありません。
金製フルートに金メッキ
こだわったメーカーによっては金に金メッキをかける場合があります。これは金の純度によって微妙に色が違うため、14金の管体に5金のキー・リングといった場合色の統一のため同じ色の金メッキをかける場合があります。
オマケ・硫化銀メッキ(冗談)
メッキ無しの総銀製フルートを長年使用していくと、無料で硫化銀が発生し、赤黒く変色してくれます。この硫化銀は銀より硬い上、他のメッキと違い境目がなくなだらかに発生ますので倍音が素直なまま、レスポンスの向上や強い息への耐性がつきます。欠点は色が赤黒く、場合によっては木管フルートに見間違えられます。ひどい場合には奏者が非常に不潔な人間に思われることもあるようです。しかし、無料で音も良くなり、必要があればオーバーホール時に問題なく綺麗にすることができます。総銀製には最もおすすめです。