フルートの選び方 - ビンテージ・中古フルートの場合

二つの中古フルート

「中古のフルートっておいてますか?」
 こういった電話やメールが来ると、「なるべく安くフルートを手に入れたいのですか、それとも大枚はたいてでも歴史的な名器が欲しいのですか?」とまず訪ねます。99パーセントは前者なのですが、たまにはそうでない問い合わせもあります。日本では一部の古いブランドに異常なまでの関心・愛好する文化があります。英国人の骨董好きとは違うし、100年前のフルートを欲しがるなんて、他の管楽器では考えられないことです。
このフルート特有の骨董趣味について代表的なブランドを挙げ、その魅力と限界について考えてみたいと思います。

オールド・フレンチ・フルート

ゴッドフロア Godfroy

 ベーム式フルート以前のドリュシステムフルート(フレンチスクールの創始者と言われるトゥルーが使用していた)時代からの銘工房で、ルイ・ロットもボンヴィルもこの工房の出身。二代目ゴッドフロア時代にベーム式フルートを作り始めました。インライン・リングキーのベーム式フルートは二代目ゴッドフロア時代の工場長だったルイ・ロットによって1848年に発案されたといわれています。ゴッドフロアのベーム式フルートが市場に出てくることはまず無く、また歴史的価値以上の物は現在ではないと思われます。

ルイ・ロット Luis Lot

 1855年にゴッドフロアの工房から独立して自身のブランドの楽器を作り出しました。ブランド自体は1952年にオーボエで有名なマリゴ・ストラッサー社に吸収されるまで続きましたが、ルイ・ロットとして価値があるのは、ルイ自身が手がけた1875年までと4人の後継者による20世紀初頭までフルートに限られます。
特に6000番台以前の巻き管によって製作されたものが人気があります。
 1952年にフランスにおけるルイ・ロットは終焉を迎えますが、その伝統は海を越えてヘインズに引き継がれていきます。(オールド・ヘインズの項を参照)
 * さらに詳しい情報源としてはこちらがおすすめ → Eldred Spell Flutes

 ルイ・ロットは偽物が多いことで有名ですが、半ニセモノというものもあります。つまり、ブランド自体は1952年まで続いていますので、ルイ・ロットブランドで作られたものは完全な偽物とは言えません。愛好家の多くが格段に品質の落ちるこれらの楽器でルイ・ロットの音色を堪能しているのが現実です。製造番号と楽器の状態を見れば本物と偽物の判断がつきますが、愛好家の失意を招くことにもなりますので、ここでは割愛させていただきます。
また、“本物”であっても、時代に合うようにリファインされてしまった物が多く、オリジナルの状態を保ったルイ・ロットを見ることは本当にまれなことです。

ルイ・ロットは、美術工芸品のように美しいフォルムと仕上げをしています。よく言われるEsキーのティアドロップ型も(よき時代の)女性的で小さめのキーカップと細いアームを持ち、いかにもすぐ狂いが出そうな華奢さを持っています。
音に関しては、現代のコンサートで使うには“もったいなく感じるようなおとなしい上品な音”で、現代のフルートでは虚ろになってしまうようなピアニシモでも意味を持って響く感じは特筆に値します。(多分、頭部管の穴の大きさと形の影響と思われます )
楽器というより愛蔵品にしたい不思議な可愛さがあるフルートです。
(注:筆者はチャップリンのモダンタイムス以前の静かな社会は経験がありませんし、奏法も合っていませんのでフルートとしての魅力は現代フルートの方にあります)
ルイ・ロットを求める場合は、それがどのようなルイ・ロットであるか鑑定できる人のアドバイスを元に購入するのが安全です。

ボンヴィル(ボンヌヴィル) Auguste Bonneville

 ボンヴィルはロットより20年ほど後になって自身の工房を作りました。ロットの陰に隠れてあまり話題に上りませんが、現代ではこちらの方が楽器としては使い安いように感じます。個人的な感想ですが、ロットより吹きやすく感じます。ルイのロットと同じく、アール・デコの影響をはっきり見て取れる華奢な外観を持っていますが、ヤスリの仕上げや細部の作り込みはロットの方が上です。ボンヴィルはより楽器として合理性を求めているようです。
 音はやはりこの時代の楽器らしく、繊細で優雅です。ロットよりやや倍音が多いように感じましたが、一般論で言えるかは微妙なところです。フォルテは出にくいですが、実の詰まった小さな音は現代の楽器より出しやすく感じます。しかし、オールド・フレンチは現代フルートから持ち替えて吹き分けるのは相当難しく感じます。

クェノン(ケノン) Couesnon

 ケノンのフルートと言えばもちろん「モイーズ・モデル」のことで、ロットやボンヴィルの時代よりずっと後、1930年代の物です。一見するとゲテモノ以外の何でもないのですが、何せモイーズが使っていたフルートと同じ仕様ということで、神懸かり的な価値を見いだしている愛好家も多いフルートです。キーカップの上にさらに指のせの板がついていて、前にそり出したGisキー、洋銀ながら分厚い管厚(0.46ミリ程度)と二段キーのためかなり重いフルートです。若い世代ではモイーズを知らない世代も多くなり、手放すなら今の内ということで、近年よく市場に出てきています。
 当然ですが、このフルートを吹いてもモイーズの音は出ません。私ではパサパサしたハイピッチな音になりますが、友人のボンヴィルオーナーは結構リッチな響きを出せたところを見ると、内吹きで細く吹く奏者と相性が良さそうです。意外にも音程は普通で、私が吹くと中音Cis以外はモイーズより正確な音程になってしまいます。
 今は、入手もしやすいビンテージフルートの一つですが、メインに使う人はおそらく皆無だと思われます。

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オールド・ジャーマン

ヘルムート・ハンミッヒ

 これはほぼ現代のフルートといってよいのですが、非常に作りのよい楽器であり、その後のハンミッヒ一族のフルートの中に、真に後継といえる品質のフルートがないため、一代限りの天才製作家のごとく扱われています。しかも昨今はこのフルートを使って、筋金入りの美音を奏でるビジュアル系ムチャウマ女性フルーティストの登場もあり、人気が再沸騰しています。
 ヘルムートとムラマツはかねてから協力関係にあり、旧東ドイツ時代にはムラマツが材料を分けたり技術開発を協力したりしました。ムラマツのフルート製造手順の中にもヘルムートの影響で同じ方法をとってるプロセスもあります。意外にも国産では最もヘルムートに誓いのがムラマツかもしれません。
 ヘルムートは典型的な古いドイツ奏法に最適化されていて、頭部管を当てる角度、息の方向、強さ、タンギングの質など、今の日本で一般的なフルートの吹き方をしても全くその良さを出すことができません。ヘルムートの問い合わせや購入希望は多いですが、パウエルもヘルムートも大好きという方はヘルムートは使わない方が無難です。

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オールド・アメリカン

オールド・ヘインズ

 オールド・ヘインズとは30000番台のヘインズのことを指すのが一般的です。ランパルが50年近く愛用したこの頃のヘインズは、ルイ・ロットから影響を受けた優雅な作りと音に、現代フルートの元とも言える合理性が加味された非常にバランスのよい楽器です。ルイ・ロットと違って現代のコンサートでも使える力と独特の甘い中低音域を持っています。この音はおそらくスケール設計とも非常に関係していて、音程の悪さと音色の甘さがアンビバレンツな関係を作り出しています。
 初期の日本のフルートメーカーはこのフルートのスケールをコピーした物が多く、今でも右手中音域の音が重くなるフルートメーカーは多数あります。ご本家のヘインズはデヴォー社長時代にスケールを刷新し、非常に音程は改善されましたが、同時に失ってしまったものも多く、寂しい状態が続いています。
 30000番台のヘインズといっても、インライン・リングキー、C足部管のソルダード・トーンホールのハンドメイド以外はかなり価値が下がります。これはなかなか市場に出てきませんが、音だけを求めるならカバードキーはわりと豊富ですので、狙い目です。

オールド・パウエル

 ちょうどゴッドフロアの工房におけるルイ・ロットのようにV.Q.パウエルはヘインズ社の歴史に残る名工でした。パウエルがヘインズの黄金時代の礎を作ったことは紛れもありません。
  製造番号4000番以前のパウエルの音は、今のパウエルにはない優雅さを備えたものでした。暖かみのある柔らかな音でありながら、不思議なほど遠くにまで音が通る性格を持っていて、他の楽器とのアンサンブルでもなぜか負けないすばらしい音です。現代頭部管製作の巨匠リリアン・バーカートですら、当時のスタイルの頭部管を再現したモデルを作っています。(筆者が愛用しているのがそのタイプ)
  「パウエルの魅力って何ですか?」という問いに、ある奏者が答えて曰く「音程が悪いところです」というように、ちょっと注意すると問題を起こさない程度の可愛げのある音程のダダと、それを差し引いてもおつりがくる音色の魅力のあるフルートです。コンサートはもちろん、プロのオーケストラでもたくさん現役で使われているぐらいの性能を持っています。

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その他のオールド・ビンテージ・フルート

オールド・ムラマツ

 一部のフルート愛好家は「昔のムラマツの方が、手を抜かないよい仕事をしていた」と言われます。このような方を中心に初代村松孝一時代の楽器を愛でる人もいます。本体はヘルムートとヘインズの中間的な性格を持っていて手作りの苦労の後はあるものの、頭部管は日本人の(多分吉田という名字の人に多いであろう)の唇に合わせたという極端に中央部がへこんだリッププレートがついています。
 客観的に見れば、オールド・ヘインズやヘルムートのような現代でも光を放つものは何もなく、精度も現代のムラマツに比較できるものではありません。
 オークションなどでは法外な値段で取引されることもありますが、楽器としては今のEXモデルの足元にも及ばないのが現実です。

ルーダル・カルテ

 今では完全に聞くことの無くなったイギリスの老舗ですが、ブランネン=クーパーの、あのアルバート・クーパーも若い頃はここの職人でした。1950年代のアルト・フルートを見たことがありますが、実に美しく仕上げられた魅力的な楽器でした。近年はブージー・アンド・ホークスの傘下に入り、このブランド名でどうしようもないフルートを作っていましたが、今は日本には入ってきていません。このブランドは普及品やOEM品も作っていましたので、モデル・クラスには注意が必要です。普及クラスは木管・金属管とも品質は良くなくオールドとしても無価値です。よき時代(クーパーが働いていた頃)のハンドメイドであれば入手する価値は大いにあります。