高級フルートでは大抵いくつかのオプションを選択することができます。フルート界のグローバル化以前は、アメリカではH足部管が当然でヨーロッパではC足部管が主流でした。同じヨーロッパでもフランスは何もオプションのないシンプルなフルートが好まれ、ドイツでは色々なメカニズムを付けて「改良?」した物が好まれていました。キーメカニズムのオプションはほとんどがドイツで考案されたものです。過去の日本では先生や来日演奏家の影響が大きかったのですが、現在では個人の好みによってオプションが選ばれるようになりました。また、各国の差もあまり無くなりつつあります。代表的なオプションについて解説いたします。
音のためのオプション
足部管
足部管は一般的な最低音がドのC足部管と、さらに半音下のシが出せるH足部管があります。最近の現代曲の中にはフツーに低音Hを使った曲(たとえば武満徹のエア)も多く、音大生や上級者ではH足部管は半ば必須のものとなりつつあります。H足とC足の違いは音域のみではなく、それ以上に音色・音程に影響を及ぼします。C足部管は音が明るく開放的で、中高音域が軽く発音する感じがしますが、H足部管はずっと知的でしっかりした響きになりますが、レスポンスはやや重くなります。さらに音程についてはH足部管の方が高音域で安定し、楽器によっては中音域の音程が格段に向上します。
かつてのヨーロッパの名手たちはC足部管の愛用者が多く、来日演奏家のほとんどがヨーロッパの演奏家だったこともあり、それに習って日本では上級者でもC足部管が多かったのですが、今日では世界的にプロフェッショナルにはH足部管が一般的になったこともあり、高級フルートのほとんどがH足部管付で売れています。
フルートを追求していくと必ずH足部管が欲しい時が来ますので、ハンドメイドモデルの場合はH足部管をおすすめします。ただし、カバードキーとはあまり相性がよくありませんので、カバードキーの場合はH足部管の選択は慎重にしてください。
頭部管
ハンドメイドクラスの場合は、ほとんどのメーカーでいくつかの頭部管を選択することができます。試奏して第一印象を大切に選択した方が正解です。何時間も試奏すると必ずどれがよいのか分からなくなってきます。頭部管を理解して吹きこなせるようになるには、少なくとも数ヶ月はかかるものです。直感で選んだ後は信じて練習することが一番だと思います。
頭部管は奥が深く、ラファンやバーカートといった専門メーカーのものまで視野に入ってくると、コレクターになりかねません。(筆者もその傾向があります。)一人のフルート奏者が一度に使える頭部管は一つだけです。
管厚
管の厚さによって響きが変わってきます。厚くなると音色は重厚になり、抵抗感も増してきます。かつての国産フルートの銀は900シルバーが多く、管の厚みもアメリカ製と同じく薄かったことと、管厚が厚くて抵抗のある楽器を苦労して吹いた方が、音が遠くまで飛ぶという迷信があり、上級者ではヘビーを選択する方が今より多くいました。現代では奏者の好みも材質も変化してきて9kゴールド以外はあまりヘビーを選択する方は減りました。特別な意図がない限りはライトの管厚が色々な意味で一番よいと思います。
パッド
現在のムラマツフルートは、自社開発した合成素材を使った合成パッドを標準で使用していて、フェルトと紙で作ったトラッドパッドは(基本的には)入れられません。ほとんどのアメリカ製ハンドメイドフルートは標準ではストロビンガーパッドを、ミヤザワも指定すればストロビンガーを使うことができます。他にシリコンパッドもありますが、ほとんど使用されていませんので、実際はトラッドパッドにするかストロビンガーにするかの選択です。
ストロビンガーパッドは平面性に優れ、気密性がトラッドパッドより遥かに高く、パッド自体の安定性は比べものにならないほど安定しています。しかし、精密であるが故に、キーの僅かな狂いにも大きな影響が出るので、本体の精度・安定性によっては調整はトラッドパッドよりこまめに必要になる可能性があります。また、トラッドパッドより音を吸収しませんので音が明るく、レスポンスも良く感じます。しかしその一方でパッド表面が硬いため、人によっては音が硬く感じられ、タッチの強い奏者の場合、パッドが当たるノイズが目立ちます。
特に日本では、ブランネンやバーカートといった非常によく響くフルートの場合、音質が硬いという理由でトラッドパッドに交換する方もいます。
演奏を容易にするオプション
Eメカニズム
本来はドイツ生まれということもあり、“エーメカ”と呼ぶのですが、“イーメカ”と呼んでも差し障りありません。関西人は「ええメカ」、関東人「いいメカ」と呼ぶというのは嘘です。クローズドG♯システムではどうしても3オクターブのEが音響学的に正しい運指になりません。そこで正しい運指になるように補助的な連結をつけるのがこのメカニズムです。ヤマハを除くほとんどのメーカーが、注文によって取り付けることでわかるように、必ずしも必要ではありません。しかしこの音は頻繁に使われますので、近年はつける方も増えてきました。ただし、このメカニズムをつけると、キーの重量が増え、やや音が暗く感じる場合があり、いくつかのトレモロやトリルの運指がができなくなります。また同じ理由でやや出にくいFisやAsの出にくさがが、より強く感じられる傾向もあります。Eメカ無しの楽器に、後から改造して取り付けることはメーカーでは行っておりません。当社で改造はできますが、費用は非常に高くつきます。
Gドーナツ
Eメカニズムと違い、キーシステムを付加するのではなく、Gトーンホールをやや塞いで3オクターブのEを出しやすくするシステムです。後から取り付けたり外したりが可能なので、アメリカを中心によく使われます。費用も無料か数千円程度です。サンキョウのニューEメカも同じ論理ですが、こちらはトーンホール自体を小さく作ってしまいますので後から外すわけにはいきません。Eメカニズほどではありませんが、かなり音色と発音が改善されます。ただし、中低音のAがつまり気味になりやすく、気になる場合にはGisキーを押さえて音抜けを良くすることができますが、やや慣れを必要とします。
Cisトリルキー
一般的にはその名の通り、H-Cisのトリルに用いると思われているようですが、実際は非常に用途が多いオプションキーです。代表的なものでは3オクターブのG-Aのトリル、同じく高音Asの高音質な響き、ピアニシモ運指が可能になります。その他トレモロの可能性などたくさんのメリットを得ることができます。特にアメリカでは非常に人気があります。
ただし一つ注意しなければならないのは、このキーをつける場合は他の一部のトーンホールを修正しなければなりません。ところが多くのメーカーでそこまでの対応をせず、単にトーンホールを増やしてキーを取り付けています。特にドローンホールの楽器の場合は注意してください。
G/Aトリルキー
かつてドイツのフルートでよく使われたメカニズムで、3オクターブのG-Aのトリルを綺麗に行うためのシステムです。現在では同じ機能をCisトリルキーで実現できる上、前述のように用途も広いためCisトリルキーに取って代わられつつあり、オプションで新品につける方はほとんどいません。
G♯オープン
通常左手の小指のキーは押すと開く、“指を離したときは閉まっているクローズド・キー”ですが。逆に左の小指キーを押すと閉まるようにしたのがG♯オープンシステムです。現代フルートの発案者であるテオバルト・ベームは「小指だけが押して音程があがるキーシステムはおかしい」と考えました。また、G♯オープンシステムの場合には3オクターブのEが音響学的に正しい運指で可能なのでシステム的には合理性があります。また、裏G♯トーンホールがないので音も均一でスムーズです。しかしこれだけクローズドG♯が普及している中で、左小指を逆にするのは相当の練習が必要ですし、一般的なフルートと持ち替える困難さを考えるとオーダーする方は非常に少ないでしょう。
Gisメカニズム
主にピッコロに使用するメカニズムで、ピッコロで出しにくい3オクターブのGisを、左親指のキーを半分程度閉めることで出しやすくするメカニズムです。キーシステムが複雑になるので対応しないメーカーも多く、珍しいオプションの一つです。
オプションの組み合わせについて
オプションを上手く組み合わせることによって、新たな一面を作ることが可能です。たとえば非常に良く音が出るタイプのカッティングをした頭部管を、ヘビーの管厚で作ることによって、本体のドライブ性能が優れたまま落ち着いた響きにすることができます。
反対に、CisトリルとG/Aトリルの両方をつけてみたいというようなナンセンスな組合せをしないように、オプションについてはよく考え、ご相談いただくのがよいと思います。